「Off the pitch」が君を変える

前田弘 / 日本サッカー協会 サッカー日本代表 チーフアスレチックトレーナー 
取材
永田亮(高校1年)・芹沢耀(高校2年)
静岡聖光学院教員
伊藤哲大
2020/06/08

「サッカー日本代表」「オリンピック日本代表」日本の威信をかけて世界で戦う、トップオブトップのスポーツ選手がいる。華々しい舞台に立ち、自身のベストを尽くさんとする瞬間、その傍らには選手達の想いを支えるプロフェッショナルが佇んでいる。アスレチックトレーナーという、スポーツ選手のコンディショニングをする専門職だ。Jリーグが設立された当時から、錚々たるチームでトレーナーを務めた前田弘は、現在、日本サッカー協会のチーフアスレチックトレーナーとしてサッカー日本代表選手のコンディショニングに携わる。一流のプロスポーツ選手を間近で観察する彼が語ったのは、「日常で人間性を磨く意識の強い子は、必ず何かに向かっていき、さらに意識を高める」。ともすれば「あたりまえ」で、だからこそ、確かな価値に繋がる言葉だった。プロスポーツ選手が、なぜプロスポーツ選手でいられるのか。彼の思う「人としてのあり方」は、人生の指針にもなりうるものだった。

前田弘(まえだひろし)

公益財団法人日本サッカー協会 チーフアスレチックトレーナー 1965年東京生まれ。実業団チーム、ガンバ大阪、ジェフ市原(現ジェフ千葉)のトレーナーを経て、2007年から日本代表チームアスレティックトレーナーに就任。日本サッカー協会スポーツ医学委員会委員、日本オリンピック委員会強化スタッフ。 スポーツ選手の障害予防や治療をはじめ、選手自身が自身の最良のコンディションを維持し、最高のパフォーマンスを発揮できるように、マインドを含めてサポートする。後進育成にも熱意を持ち、ニチバン株式会社と協働してサッカーに関わるアスレティックトレーナーを目指す方々を対象にした育成プロジェクト「SOCCER MEDICAL CAMP(サッカーメディカルキャンプ)にも参画している。

スポーツ選手を支えるアスレティックトレーナー

アスレティックトレーナーって耳馴染みが少ないお仕事ですけど、スポーツ選手に親密に関わる人なんだ、ということは何となくわかります。具体的に、どういったお仕事なのかを教えてください。

「トレーナー」って聞くと、どうしてもマッサージとか鍼灸をイメージすると思うんですが、僕ら「アスレティックトレーナー」は選手のコンディショニング、例えば風邪を引かないように、怪我のような障害・外傷を負わないように、選手が試合に差し障るようなトラブルを防ぐ「予防」が仕事になってきます。サッカーをやってる君たちならわかると思うけど、準備運動とかストレッチとか、身体を動かしながら身体をつくっていくアクティブなコンディショニングだけじゃなくて、栄養を考えた食事とか睡眠、休息を上手にとって健康管理をしていくこともサポートする。

スポーツチームをサポートする仕事はいくつかあるけど、スポーツの技術を磨くテクニカルな部分は監督とかコーチが、能力を発揮できるように身体を整えるメディカルな部分はドクターが、それぞれ担当してる。僕たちトレーナーはドクターと一緒に活動しながらテクニックとメディカルのパイプ役になる。技術を実践できる身体をつくるサポートをしてます。

実際にテレビとかで観るサッカー日本代表の選手達にも接しているんですか?

そう。直接サポートしてます。日本を代表して戦っているチームはワールドカップを目指しているフル代表。こないだのミャンマー戦(2019年9月10日/2-0日本勝利)に出てたチームのことですね。Jリーグのチームには必ずトレーナーが就いていて、Jリーグのチームと同じサポートを我々代表チームでも行っています。

そういうトレーナーになるには、どんな資格が必要なんですか?

私が持っているのは、まず日本スポーツ協会(以下、日体協:1948年に発足した日本体育協会が2018年に日本スポーツ協会JSPO(Japan Sport Association)に名称変更) 「AT:アスレティックトレーナー」という資格です。他に、鍼灸あん摩マッサージ指圧師の医療資格も持っています。柔道整復師とか理学療法士の資格をもってる人もいますけど、JFA(Japan Football Association:日本サッカー協会)の日本代表チームのトレーナーになるためには、JSPOのATを必須条件にしています。サッカーに限らず、中央競技団体、オリンピックの競技選手についてるトレーナーの人たちはJSPOのATを持っている人がほとんどです。

AT以外に医療資格もお持ちなんですね。

だから「トレーナー」=「マッサージ」とか「鍼灸」ってイメージを持たれやすいんですけど、例えばアンダー23.東京オリンピックの選考に関わる世代とか、さらに下のアンダー20の世代とかは基本的にセルフコンディショニングのサポートなんですよね。マッサージとか鍼とかはほどんどやらない。中学や高校にはATは常駐していませんよね。むしろ、そういうものが不要な状態を選手自身がつくって保てるようにすることが仕事になってきます。

実際に手を動かして予防とか治療する部分と、選手自身が知識とか生活習慣を自らつくっていけるようなマインドを育てる部分の両方があるんですね。

そうですね。育成年代って非常に重要なことで、2人のように中学3年と高校1年、ジュニアユースとユースっていう世代になるんだけど、その世代は選手自身に体験させることが大事です。「なんで捻挫しちゃったの?」「なんで肉離れしたと思う?」「それを予防するために、自分たちは何をするべきだと思う?」っていうのを、問いかけて考えさせます。足首を捻挫しやすい子がいたとしたら、まず足首を強化するよね。そのためにはどんなケアが有効で、どんなトレーニングで強くできるのか。そういうところを考えさせて経験させて、予防に努める。

たしかに年齢によって身体も変わるしトレーニングの仕方も変わるはずですもんね。

2人は膝が痛かったことない?成長痛とかオスグッドっていって2人の年代によくあるんだけど。そういうのも、なんで成長痛が起きるのか、どんなストレッチでどこの筋肉に柔軟性をつけたら痛みがでなくなるのか、そういうのを自分で考えながらトレーニングができるようにならないと、良い選手にはなれない。部活前の準備運動は、しゃべりながら、だらだら、なんとなくやる。それじゃあやっぱり筋肉はつかないし、身体が育たないよね。

コンディショニングって、スポーツやってる本人も「なんなんだろう?」って思いがあるかもしれないけど、良いプレーをするためにパフォーマンスを上げること、そして障害予防とか疲労回復、身体のリカバリーをすることです。そして、それは誰かにやってもらうんじゃなくて、自分自身でどうにかしなければいけない。僕たちアスレティックトレーナーは、選手のそういう取り組みをサポートしたり育成したりしています。

日本代表選手の想いをつなぐ仕事

(日本代表選手たちが代表戦に向かうビデオを見せていただいて)アスレティックトレーナーとして約30年やられていて、そのお仕事の醍醐味っていうのはどういうところに感じられていますか?

日本代表チームは日本の威信を賭けて戦っているので、勝ち負けに非常に拘ってるところがあって、負けると非常に悔しい反面、勝ったときの強い喜びっていうのはありますね。

あとは怪我をしてしまった選手がピッチに戻れたときです。怪我してからリハビリして復帰するまでの過程を僕らは一緒にトレーニングしますから、選手がピッチに立ったときの喜びっていうのがやっぱり一番ですかね。勝ち負けよりも、そっちのほうが嬉しいですよね。

そうですよね。「怪我を乗り越えて」ってよく言われますけど、実際の選手は痛みとかもどかしさとか、そういうものと向き合って克服してグラウンドに復帰するわけで、前田さんたちトレーナーの方が一緒にサポートしているんですよね。

だからワールドカップのとき、中心選手が怪我をしてしまって、選考に間に合うか間に合わないか…っていうのがあったんだけど、非常に一生懸命リハビリをしてくれてどうにか間に合った。彼は、そのワールドカップで得点もした。僕らは一緒にリハビリやってきたから、非常に嬉しかったですよね。トレーナーとしてほんと良かったな、と思いました。

いまの選手の話もそうですけど、前田さんの中で一番印象に残っている出来事ってありますか?

ブラジルで開催されたワールドカップの時期に膝を痛めてた選手がいて、その選手はずっとヨーロッパでプレーしてたから、僕も彼のサポートをするために1ヶ月間くらいヨーロッパでサポートしてて。で、そのワールドカップ出場選手に選ばれるかどうかっていう瀬戸際で、彼はメンバーに選ばれたんです。ワールドカップ前に壮行試合が行われて、その試合で彼が点を入れたんですよね。そしたらゴール直後にベンチに向かって走ってきてくれて、僕のところに来て「ありがとう」って言ってくれました。それが一番、僕の中ではトレーナーをしててほんと良かったな、トレーナー冥利に尽きるな、って思った出来事ですね。

それテレビでみたことがあります!その選手の名前はたしか・・・

永田くんと芹沢くんと同じ静岡出身の選手ですけどね。笑

あのイケメン選手!

その時、インタビューで彼が「メディカルのおかげでここまでやれることになりました」って何度もメディアに言ってくれて僕らの仕事にスポットライトが当たるようになった、っていうのはありましたね。

トレーナーって今まで、黒子に徹してないといけない、あんまり表に出ない仕事だったんです。でも彼がそうやって言ってくれたおかげで僕らの仕事のことも理解してくれる人が出てきたっていうとこがありましたね。

「夢」は「意識」で実現する

みんなが努力して競争してる世界で一歩前にでてくるトップ選手たちに共通してるところってあるんですか?

これはスポーツに限った話じゃないんですけど、「意識」っていうのは本当に大切です。やっぱり意識の強い子は、必ず何かに向かっていく、そのために意識を高めていく、っていう良いループに入れるんですよね。だから意識を持っていると、非常に将来性があるんじゃないかな、と思います。

本田圭佑選手の小学校の卒業文集って知ってますか?結構話題になって南アフリカW杯後にメディアにも取り上げられましたが。彼は小学6年生の卒業文集で「ヨーロッパでセリアAに入ってプレーしてレギュラーになって10番付けて」とか「お金持ちになって」とか「ワールドカップに出場して」とか書いている。 彼に話を聞くと、小学生の時に意識が変わったそうです。彼はプロになると決めた。それが何を変えるかというと、日常の生活や、プロになるために何を食べてどういうトレーニングをするか、です。自分で本を読んだり指導者に教えてもらったりするようになった。

一方で、私の知っている別の選手の話。彼は中学生の時にサッカーを1年間やってなかった時期がある。遊びたい年頃でゲームセンター行ったり友達を優先したりして1年間サッカーから離れた。でもサッカーの監督から「もう一回やろうよ」って言われて中学3年で復帰したって話がある。 今、本人からいろんな話を聞くと、夢を持つとか努力を惜しまないとか人に感謝をするということを非常によく言ってる。メディアでも「ありがとう」とか「感謝の心」とか「奥さんに感謝しています」とか「ほんとにありがとうございます」とか。彼はほんとにいろんな経験を積んで、本心からそういうことが言えてるんだよね。

また、ある選手は、10年後の自分に宛てた手紙を書いて、タイムカプセルに入れてた。2019年の3月ぐらいに彼に会ったらね「前田さん、こういうのが出てきたんですよ」って言ってその手紙を見せてくれた。 そしたら、こう書いてあったんだよね。「10年後の君はサッカー続けてますか?レギュラーになってますか?日本代表に選ばれてますか?」って。そして最後に「サッカーを楽しんでいることを期待しています」って書いていた。

君たちはどう思う?楽しんでる?

(うなずきながら)はい。

うん、そうだよね。まずスポーツは絶対に楽しんでやらないといけない。強制じゃなくて。僕らの時代はほんとに理不尽な厳しさが推奨されてて、楽しんでスポーツできる年代じゃなかったけど、君たちにはやっぱり楽しんでやってもらいたい。サッカーだけがスポーツじゃないし、サッカーだけが人生ではない。だからまず楽しむってことが一番大事。

それを、この選手は10年前に、既に問いかけてたんだよね。それぐらい思いが強かったのかな、自分の理想を強く持ってたのかな、と思って、ああ、こいつ凄いなって感じた。

2人はまだまだ若くて、永田君はいま中3(取材当時)だけどどう?「夢」っていうのがもうしっかり燦々とある?まだぼんやり?

まだです。

芹沢くんは?

僕もまだ…

うんうん、そうだね。ほとんどの中高校生はそうだと思うんだけど、でもさっきの本田選手は小学生で、自分は何になりたいのかはっきりして、夢への梯子をしっかりかけてる。挫折を経験してもブレない思いがあったから、また梯子をかけて、夢に向かっていく。

一方、もうひとり選手は経験とか体験とかそういうものをすごい大事にしてきた。彼は大学のときにスタンドで応援ばっかりしていた。腰が痛くてレギュラーになれなかった。たまたまJのチームと練習試合に出れて、当時の相手チームの監督が観ていてくれて、それで声がかかったんだよね。 そこから彼は「プロになれるかも」っていう気持ちを持った。入団してからもかなり努力をして、そうすると夢が形づくられて「自分もプロでやれる、じゃあ何を目指そうか…ヨーロッパでプレーをしたい」って流れができた。

いま、まだはっきりとした思いが掴めない君たちに何が大事かって言うと、いろんな人と話して、今日、僕とも話をしてるけど、いろんな大人達と話をしてそれを吸収する。いろんなとこに行って、いろんな体験もする。自分で経験して、これから何をやりたいかっていうことを考えて決める。

夢の途中で挫折は誰でも経験する。ある選手は腰が痛くて何回も挫折してる。でもちゃんと自分たちが描いてる目標とか夢とかね、そういうものがあるならばそれに向かっていけば、努力をしていけば、いつかは叶うんじゃないかなと思ってる。

僕らはサッカーの世界で、みんなそういう夢を持って…プロになって代表になりたいっていう人たちと一緒に仕事をしてるから、そういう話を聞いてるから。そういうことを諦めずにやってけば、きっと成れるんだな、ってことは僕の口からは言えますね。

世界一のロッカールーム

なんか…将来の目標とかは具体的ではないですけど、「自分で意識を持つ」とか「意識をする」ことが全部の始まりなんだな…って言葉にすると当たり前ですけど、そういうのがわかった気がします。意識して、いろんなこと経験して、本当に何がやりたいかを考える、か。

そうだね。夢とか目標はまさに本人次第だけど、意識を持つ、意識を変えることにから始まるよね。そういう意味ではまず「人間性を磨く」っていう方法しかないと思うんですよね。僕を含めて言えることなんですが、技術知識はあって当たり前で、横並びの中から選ばれて認められたいならば、人間性を高めるしかないと思っています。

僕らがいつも伝えてるのは「off the pitch」、要するに「ピッチ以外のところで良い習慣を身につけましょう」っていうことです。例えサッカーがどんなに上手くてもね、人として当たり前のことをやれないと、挨拶一つにしても、ゴミを拾うにしてもそういう事ができなければ、やっぱり通用しないと思ってます。自立できる人間でいなきゃいけない。ボールを片付けるとかスパイクを磨くとか。それは自宅に帰っても同じで、自分のことは自分でやる。ご飯を食べたら食器は片付ける。洗濯だって洗ってもらえたらせめて自分で片付ける。忘れ物も自分の責任。小学生とかはね、やっぱり「お父さんが、お母さんが、準備してくれなかったら忘れちゃったんだ」って言っちゃうけど、そうじゃないよね。こういうoff the pitchの習慣とか意識は非常に大事だと思います。

サッカー日本代表チームのロッカールームって、どんな感じだと思います?実は練習前はね、ユニフォームなんかは全部同じように畳まれて整然と置いてある。練習の後は、マネージャーが洗濯しやすいようにソックスは全部表に返して伸ばして洗濯に出すんですよ。プロ選手だから、代表選手だから、荷物運びなんてしないだろうとか思うでしょ?でも実はみんなが協力して、練習が終わったら荷物を運ぶ。2人いるマネージャーが大変だからっていう思いから、みんなが手伝う。もうレギュラーとかレギュラーじゃないとか関係なくね。

プレーにも顕れそうですね。いつも相手のことを考えて行動するって。

そうだね。これができなければ、やっぱりいいチームはできない。みんなでやる。この整理整頓をきちんとして相手を思いやるっていう振る舞いは、今は世界でもすごく評価されているんだよね。

ロシアのワールドカップの時、代表チームはロッカールームをチリひとつ残さず掃除して、テーピングの蓋で「スパシーバ(ありがとう)」って書いて立ち去った。これ実を言うとね、チームの中のムードメーカーの選手が率先してやってたことなんだよね。誰だかイメージ湧くかも知れないけど。笑

彼は、日本でも海外でも、練習に行く前に必ず宿泊してる部屋を掃除してくれる人のために、日本語で「ありがとう」海外だと「thank you」って書いたメモをベッドの上に置いていてくんだって言ってた。その話をきいて「あ、俺達もこれやんないといけないな」と思って、ロシアの時は毎試合、ロッカールームを掃除したあとに置いてった。非常に良いことだよね。

そしたら、このロッカールームをたまたま目にした人がSNSで発信して、それが瞬く間に世界に広がって称賛されたんだよね。使う前よりも使った後をきれいにしよう、感謝の気持ちを伝えよう、これが日本人のあるべき姿だと思うし、いつかこういうチームが優勝するんじゃないかな、と思ってるんだよね。

どう思う?ロッカールーム。自分たちはきれいにしてる?

うーーん…(苦笑)

してない?笑。

じゃあ二人が率先してやるようになって、それが日常化して習慣になったらすごい良いことだと思うよ。そういうところをほんとに、ぜひやってほしいと思うな。あと、例えばゴミが落ちてたら、それを拾えるかどうか。学校で落ちてたら拾える?大きいものは拾えるんだよね。でもどんなゴミでも拾えるようになったら、きっと将来に繋がってくるんじゃなかな。見てる人が居るからやるんじゃなくて、自分が今いる環境を整えたいからやる。これは自分にも言い聞かせてるんだけど。笑。ゴミ拾え、と。なかなか僕も拾えないけど、でも君たちの歳からできるようになったらもっと良いと思う。人間性を磨くって、そういうことじゃないかな、と思ってます。

自分で自分を整える

僕たちの学校は部活の時間が限られてて、練習時間は週3日、夏1時間半、冬1 時間なんです。練習時間の多い学校はたくさんあるんですが、練習以外に自分たちができることって…さっきの「人間性を高める」みたいに、どんなことがあると思いますか?

僕らがよく若い年代の選手たちにする話しなんだけど、本気でサッカー選手を目指しても、結局練習時間って1日だいたい2時間くらい。そうすると22時間が日常の生活。寝てる間が10時間として残り12時間、学校での勉強6時間くらいを引いたとして5~6時間ぐらい、自分の時間、日常生活があると思います。この日常生活をどう使うかで、やっぱりプロになれるか、サッカー選手としてやれるかが決まってくる。

これはサッカー選手じゃなくてもそうだよ?違う世界、もし東大を目指すならばその日常生活のなかで更に勉強する。ピアニストを目指すならば日常生活のなかでさらにピアノの練習をやればいいわけですから。サッカーも勉強も、何かに打ち込むならば部活の2時間とか学校の6時間よりも日常で過ごす時間のほうが大事なんですよ。

だいたい人は90%の時間を無意識で生活している。だからサッカーでも日常の習慣が必ずプレーに出るんですよね。本気でプロサッカー選手を目指すなら、日常生活で自分からサッカーに関わる。トレーニングをしたり勉強をしたりして良い習慣を日常化する。休みのときも。どう?休みの日、だらだらしてない?笑。まあ、一番寝たいときだもんね。笑。

でも、やっぱりそれを意識して変えていけば、自分の目標に近づいてくような気がするんだよね。

「勉強を習慣化しなさい」とか親や先生にもよく言われますが、いままであんまり実感できなくて聞き流してたんですけど…。

元日本代表監督のオシム監督って知ってるかな。オシムさんは選手たちに、サッカーのことだけじゃなくて人生論とかも強く言ってた人で、彼もやっぱり「練習でできなかったことがゲームでできるようになるはずがない。人生も同じで、日々の生活のことが重要なときに必ず出てくる」ということを言ってましたね。

彼が監督してた時は、シーズン中の3か月、1回も休みが無かったんですよ。監督は夜のキックオフの時間に合わせて練習をしてたんで、夜7時から練習をやって、そうすると昼間、丸一日休みじゃないですか。そこで休めばいいんだ、って考えの人でした。それで結果が出てたんで、選手も誰一人文句は言わなかったです。オシム語録には「休みから学ぶことは無い」っていうのあるんです。一度、選手が休みがほしいって言ったのを聞き入れて実際に休ませたら、翌週の試合に負けたんですよね。オシム監督も「ほらみろ」っていう感じでしたけど、それ以降、何より選手自身が、オシムさんが休みを与えても自主的に出てきて練習をしていた。

「選手として自立する」ってこういうことだと思います。言われてやるんではなくて、自分でね、勝ちたい!と思って、そのために何をやるべきなのかを考えて自分でコントロールする。そういうことをしっかりとやらなければいけない、ということですね。

なんかもう、勝ち負けとかスポーツだけのお話じゃないですね。自分で考えて自分でコントロールするって、なににでも共通するんだなあって思います。

そうだね。もうひとつ、特に今の時期の2人に強く話したいんだけど、僕がサポートしてるコンディショニングっていうのは、すべての土台になっていて、どんなにいいトレーニングやいい戦術をやってても、この土台のコンディショニング、特にセルフコンディショニング、日常生活っていうものがしっかりできてなければ、ダメなんだよね。睡眠不足でいいトレーニングができるかっていったら無理だよね。お腹ペコペコでだと全然パフォーマンスも上がらないし、力も出ない。だからこの土台をしっかりとつくらなければいけない。

朝ごはんをちゃんと食べる。栄養のバランスも考えて、自分の身体に何が必要か理解して食べる。そういうことを大事にして、大きい土台がつくれれば、山もどんどん大きくなっていく。100%の力って、疲れを取って睡眠も食事もちゃんと整えて、体調を万全にして出せるものじゃない?そうやって100%の力が出せて、初めて101っていうのがあるわけでしょ。みんなは、例えば試合になったら常に100でプレーしなきゃいけないわけだよね。100無ければプラスαの110とか120とかその時の自分の限界を超えたMAXのものは出ていかないんだよね。だからその100をつくるために、セルフコンディショニングを大事にしないといけない。

君たちが練習で疲れて終わったとして、疲労回復のために何をやるか。例えばお風呂に入るとかストレッチをするとか、そういうことを自分たちで考えてやらないといけない。これもスポーツに限った話ではないんだよね。

プロフェッショナルのあり方

前田さんはいま、現場に出てアスレティックトレーナーをなさるだけじゃなくて「次世代アスレティックトレーナーを育てる、サッカーメディカルキャンプ」っていう新しい取り組みをはじめたと伺いました。

それはニチバンが協力してくれて始めた活動です。いまトレーナーを目指している若い人たちが、ニチバンのサポートで勉強会を開くことになりました。全国から20名の選抜学生と、もう既に現場でトレーナーとして活躍している人。

目指す人と、実践してる人が一緒に学ぶ機会をつくることで、知識も質も高めていきたいな、と思っています。僕はサッカー競技の中でのトレーナーの重要性を非常に強く感じているんで、「あのトレーナーはいいよ」って噂を聞くと、やっぱりそこから何かを学びたいと今でも思っています。若い世代の本当にやる気のある人たちを集めて、僕自身も一緒に勉強して、そこからサッカーに携わる仕事を担う世代を育てたいと思ってます。

僕はもともとはプロ野球選手を目指してたけど自分の実力と照らし合わせて諦めたんですよね。でも別の方向から野球には関わり続けたかったし、人のためにどうにか役に立ちたいなという思いがあって、トレーナーを目指した。今はいろんなご縁があって、サッカーの世界でこういう仕事につけている。

昔、若い時はそんな思いは無かったですけど、有難いことに、いまこういうポジションでやってて、僕の経験上でトレーナーの育成とか若い選手たちに伝えられることがたくさんあると思うので、メディカルキャンプみたいな取り組みで発信していけたらな、と。僕自身も更に自分の知識を増やしたいっていう目的がありますし、常に勉強してかなきゃいけないのかな、とは思いますね。

いろんな経験を積まれて、次の世代に繋いでいくお仕事にも取り組まれているんですね。もともとプロ野球選手を目指していらっしゃったのは意外でした。「いろんなご縁があった」と仰いましたが、そこからサッカーの世界にはいったきっかけは…?

本当にたまたまなんですけど、日本でJリーグが始まる前の年に、トレーナーが不足してるからって募集が出てたんですよ。で、サッカーにもちょっと興味があったから「はいってみよう」って応募してみた。そこからですね。偶然にも、妻木さんっていうFIFAのレフェリーのトレーナーをしていたり、FIFAの会長を治療したりするゴッドハンドと言われるようなすごいトレーナーの方のところに入れて、私の師匠となりました。

ゴミ拾いとか整理整頓に注目が集まると、よく言われるんですよね。ゴミ拾って強くなるなら誰でもゴミを拾うだろ、って。でもそういう問題じゃないっていうことを、僕は僕の師匠から学んだんです。

当時、僕と師匠はジェフ市原に在籍してて、駅からグラウンドまでの徒歩30分の道のりを、1時間かけて落ちてるゴミを拾いながら妻木さんは来るんですよ。その姿をみた僕は、ああいう治療ができる人になるためには、こういうことをやらないといけないんだな、って気づかせてもらえたんですよね。

やっぱり僕らトレーナーは、人の身体を触ります。人の身体を触って悪いところを見つけださないといけない。鍼とか打ったりして反応点をみつけなきゃいけない。そういうことをやってる人間が、例えば、この会議室っていう空間にゴミが落ちてたら、それに気づいて拾えないといけないわけですよ。じゃないとやっぱり良い治療ってできないと思うんですよね。

僕の師匠の妻木さんは、その時はよくわからなくても時間が経つと「ああ、そういうことを教えてもらったのかな」っていうことをたくさん伝えてくださった。ゴミを拾えることが別に偉いわけじゃないですけど、ゴミを拾うことで良い治療ができるってのもまた違いますけどね。

でも、自分もそういうことが本当にできるようになりたいな、って思います。こうやって話すことで、口だけでは済まされなくなりますし。言った以上は僕も実践していかないと。未だに僕は御茶ノ水駅からサッカー協会に来るまでの間に、ゴミ拾えないときもありますもんね。躊躇しないですんなり拾えるっていう人間にはまだ成れていない。でも、そういう感覚は僕の中に芽生えてきてるし、「人になれ人、人となせ人(この世に人は多いけれど立派な人は少ない。立派な人になれ、立派な人をつくれ)」という弘法大師の言葉ですけど、自分が誇れる自分に成りたいし、そういう感覚を持って選手をサポートできるトレーナーを育てていきたいな、と思っています。

編集後記_永田亮(高校1年)・芹沢耀(高校2年)

永田亮:僕は怪我をした時、行動を制限され、練習にも試合にも出られずもどかしい思いをした経験がたくさんあります。アスレティックトレーナーとはそれを未然に予防し、選手のそばで完治へと導く仕事です。日常生活の良い習慣がプレーに影響を与えるという事を学びました。また僕は今までサッカーをしている時の事しか考えていなかったが、オフザピッチの重要性を実感し、日頃の当たり前の行動がプレーに繋がるということを意識して、座る姿勢など一から見直したいと思いました。

芹沢耀:サッカー日本代表の試合の現場で活躍されている方にお話を聞くことができて実際の現場の雰囲気を感じることができました。アスレチックトレーナーとはどんな仕事かや、常にトレーナーとして意識していることなどを細かいところまで教えていただくことができ、中でも日々の勉強やスポーツは全て繋がっており結果を出すには常に積み重ねていくことがとても大切ということがとても印象に残っていて自分のこれからの生活でこのことを意識していこうと思いました。

取材日
2019/09/07
取材
永田亮(高校1年)・芹沢耀(高校2年)
静岡聖光学院教員
伊藤哲大